1973年12月14〜16日殿様「あさかぜ」とんぼ返り(其の1)

1973年5月、「しおじ」のクロハ181がついに営業線から撤退してしまったあと、1958年製造の同期である20系客車のナロネ20は当時の国鉄最後の豪華車両であった。折しも1972年7月に品川受持の20系客車編成の見直しが行われ、東京〜博多間の「あさかぜ」のうち、下り1号上り2号にナロネ20を含む5両のナロネが集中的に連結され、唯一の座席車ナロ20も組み込んだ超豪華編成となり「殿様あさかぜ」の名を賜ることになった。クロハ181乗車がついに叶わなかった私は何としてもこのナロネ20に乗りたくて、翌年に控えた大学進学試験を前に学業成就を太宰府天満宮へ祈願するとのこじつけで、ナロネ20の2人用個室で下り、ナロ20で上ってくるとんぼ返りの計画を立てたのであった。当然お目付役として母が付いてくることとなり、ナロネ20の2人用個室は母と乗ることになったのである。それでもナロネ20に乗車できるという興奮は大変なものであった。

憧れのA個室上下の寝台券。当時は3週間前の発売であったが、指定が取れた時の喜びは忘れられない。窓口で「同室の方のご関係は?」と聞かれ「母ですが」と答えた記憶がある。


栄光の14番・15番線こそ新幹線工事で閉鎖されてしまったものの、まだ13番線までが在来線のホームとして使われていた。「あさかぜ1号」博多行きの表示が出た東京駅地下通路。

1973年12月14日


当時は機回しの中線も有り、品川から来た回送列車は一旦神田方へ引き上げ、機関車付け替えの後再度据え付けられた。牽引は東京機関区のEF65502だ。

1973年12月14日


カニ2110以下15両の客車を従え発車を待つEF65502。当時の編成は次の通りであった。
カニ21+ナロネ20+ナロネ22+ナロネ22+ナロネ22+ナロネ21+ナハネ20+ナロ20+ナシ20+ナハネ20+ナハネ20+ナハネ20+ナハネ20+ナハネ20+ナハネフ22

1973年12月14日


ナロネ20の方向幕。この独特の小窓は20系寝台特急の特徴的部分で、号車札やサボを今までどおりそのまま使った151系こだま型より格が上の印象だった。夜行ということで行灯式にするという発想からだったのだろう。

1973年12月14日


ルーメットが構成する独特の豪華な室内の仕切が醸し出す「走るホテル」の印象はデビューから15年経っても変わらぬ印象であった。

1973年12月14日


2人用コンパートメントが左側に4室並ぶナロネ202の2人用個室側の通路。奧には冷水器が備え付けられ、その向こう側に1人用ルーメットが並ぶ。
撮影は翌朝山陽本線走行中。

1973年12月15日


上の画像の冷水器側から見た2人用コンパートメント通路。突き当たりには配電盤が見えるが、その右奧に便所がある。このナロネ202は日本車輌製で日立製の51とは細部の意匠に違いが見られる。この通路の蛍光灯も日立製では通路中央部に埋め込まれている。

1973年12月15日


1人用ルーメットが左右5室ずつ並ぶルーメット部分の通路。開いた扉から切り子細工の水差しが見えている。
2人用コンパートメント側から眺めたものであるがかなり狭い印象である。ここの通路蛍光灯も日車製ではご覧のような千鳥配置に、日立製では中央部に一列に並んでいる。

1973年12月14日


1人用ルーメットの通路から2人用コンパートメントのエリアに向かうクランク状の通路にナンバーが記されている。この奧が2人用コンパートメントエリアである。

1973年12月14日


横浜駅停車中の2人用個室室内。日車製の室内はご覧のような木目調で、シート地はグリーン、日立製は室内の壁はクリーム、シート地はオレンジであった。

1973年12月14日

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