1.181系のウィンドウォッシャー?改造について
解説及び画像:Zanpano様

クハ180-5:1982年11月23日 上沼垂
<はじめに>
私はフェリーニの映画が好きで、代表作「La Strada」の主役、無教養な大道芸人"ザンパノ"を名乗っています。
私も181系の引退後は気が抜けてしまい、鉄道趣味からしばし遠ざかっていました。 (これは東海道東京口から151系の特急運用が無くなった'64年に続き、二度目の鉄道 趣味倦怠期でした)が、'94年に引越をした際、幼少時からの大量の「こだま型研究メモ」と写真が出てきて、これを整理しているうちに耽読してしまい、すでに実車が存在しないにもかかわらず、こだま型趣味が再燃するに至りました。
こだま形への賛辞
流麗にして品性高く、匂い立つ美貌決して鼻につかず、典雅にして芯強く、有能にしてひけらかさず、一つとして欠けるところ無くば、それ以上望むところ無し。正に天の与え給ふた至宝なり。出会いて直ぐに一目で惚れ、ほどなく恋に落つ…。
さて、この表題の件に関してですが数年前に、昔撮った写真を眺めている時に気付いたという始末です。つまり写真だけが頼りです。詳細は今もってわからないため、ご存知の方がいらっしゃいましたら、管理人宛にご連絡下さい。本文の最後にもどういった項目をお知らせいただきたいかを、まとめておきましたので合わせてご参照下さい。
<施工車両>
装着工事が写真で確認できるのは、私の写真の限りにおいて、クハ181-45、101、102、103、105、106、108、クハ180-5 の8両です。
実は後述の推測により、私は、この工事が施工されたのは、この8両でほぼ確定であると予想しています。
私の写真の中で最も早く装着が確認されたのは、1978年1月3日のクハ181-106ですから、概ねこの「ウインドウォッシャー?」の取付は、1977年末頃に始まったものと想定されます。1977年12月31日現在で現役のクハは18両、確認済みの上記8両を除くと、あと10両についても取付工事がなされたか否かを検証しなければなりません。他の方の写真や出版物を精査して、装着の事実が確認された場合は簡単ですが、そうでない場合は厄介です。つまり、最後まで取付工事がされなかった事を証明するには、廃車日または1982年11月14日以降の証拠写真が必要となるからです。
クハ181-104、クハ181-107の2両については、この条件を満たす私が撮影した写真があります。運用解除され、上沼垂と石打にそれぞれ留置されているところを1982年11月23日に撮影し、未装着を確認しています。これで残りはあと8両。
次にクハ181-109については、1982年10月11日の写真ではまだ装着されておらず、クハ481-501に改造されてからも未装着です。クハ481-502は、クハ180-5の状態のまま装着済みで改造されていますから、109に限って、10月11日から最後の約一ヶ月間に装着され、改造に当たってまた取り外されたとはまず考えられません。よって未装着準確認済みと考えても良いのではないでしょうか。
残る7両のうち、廃車時期が迫っていた次の改造組6両についても、追加工事をするとは考え難いと思います(一応確認は必要ですが)。
クハ181-44(1978年7月14日廃車)
クハ181-61(1978年7月24日廃車)
クハ181-62(1978年6月14日廃車)
クハ181-63(1979年2月20日廃車)
クハ181-64(1978年6月21日廃車)
クハ181-65(1978年9月16日廃車)
最後の1両はクハ180-4です。私の撮った最後の写真は1982年3月22日で、この時までは未装着でした。「とき」最期の日まで8ヶ月弱あり微妙ですが、多分未装着のまま務めを終えた可能性は高いと考えられます(これも「一応要確認組」としておきます)。
<施工形態>
よくよく観察してみると、3種類ではなく4種類あるようです。
Aタイプ: 短パイプ、パイプステー無、板金台座

クハ181-101:1978年 8月30日 2018M
Bタイプ: 長パイプ、パイプステー有、板金台座

クハ181-105:1982年11月23日
Cタイプ: 長パイプ、パイプステー有、右側補助ワイパー穴流用、板金台座

クハ181-45: 1981年 1月27日 2016M
Dタイプ: 長パイプ、パイプステー有、右側補助ワイパー穴流用、ブロック台座

クハ181-108:1982年11月23日
<施工時期>
私は、181系の晩年の時期に丁度社会人となったため、学生時代のような密着取材が不可能となり、'78年以降は撮影間隔が大きく空いてしまい細かく特定ができません。特定のためには、他の方の撮影された写真、雑誌・写真集等の写真の撮影日付と、皆さんお得意の番号鑑定を組み合わせて、総ざらえして絞り込んでいくしかないという「楽しい作業」が待っています(笑)。
最初に施工が確認された写真の撮影日付(Zanpano撮影分より)
1) クハ181-45: 1981年 1月27日 2016M Cタイプ ※

2) クハ181-101:1978年 8月30日 2018M Aタイプ

3) クハ181-102:1980年 3月28日 2014M Dタイプ
4) クハ181-103:1982年 3月22日 2014M Dタイプ

5) クハ181-105:1978年 8月30日 2013M Bタイプ ※
6) クハ181-106:1978年 1月 3日 回2057M Bタイプ

7) クハ181-108:1981年 1月27日 2018M Dタイプ
8) クハ180-5: 1980年 3月28日 2012M Dタイプ
…と、ここまで苦労して調査したところで、結局あれは「何のために付けられた何であるのか?」に対する答は出ません。御存知の方が見つからない場合には、幸い新潟に保存中のTc181-45が、大宮に来るそうですから、実地検分するしかないでしょうね。しかし化粧直しをしたときに撤去されていたらこれもアウトです。
※クハ181−45に関しては、弊サイトのお客さまよりご指摘をいただき、鉄道ピクトリアル通巻766号の表紙により、1978年3月12日の時点でこの改造が行われていることが確認されました。
※クハ181-105に関しては、管理人が1978年7月28日に撮影した写真で、すでにこの改造工事実施が確認されました。

クハ181-105の運転台付近 1978年7月28日 津久田〜岩本 管理人クロ151撮影
<あとがき>
私は当時非常に多忙な時期に重なり、土日だというのに仕事で、上越新幹線開業前夜の82年11月13日の最終運用も、その一週間後の181系による「さよならとき号」も、見送ることができませんでした。
長年親しんだ「こだま型」が、遂に引退というその時に居合わせられなかったことをひどく残念に思っていた私は、11月22日の月曜日、仕事が終わった後に矢も楯もたまらず、上野から夜行に飛び乗り、勤労感謝の日の早朝、新潟に着いて上沼垂に行き、ヘッドマークを外して休んでいる181系を労いに行きました。
上沼垂支所(当時)の職員の方は「とき」のヘッドマークを束にして整理したり、色々後片づけをされている最中でした。
「おとといの特別列車までは大変な騒ぎだったけど、今になって線香あげに来るアンタみたいな人は初めてだよ」と言われました。
…すると一人の職員の方がヘルメットを二つ持って現れ「オレ一緒に回ってやるから、これ被って気の済むまで所内を回るといいよ」と言ってくれたのです。仕事中に申し訳なく思いつつも、これには本当に感激し、広い所内を手早く隅々まで回らせて頂きました。

クハ181-105:1982年11月23日 上沼垂
しかし私の好きだったクハ181-101,107が見当たらなかったので、「残りの車は何処に?」と伺ったところ、「石打の方にも少し留めてあるはずだよ」と教えて頂いたのです。そこでお礼もそこそこ、急いで石打に駆けつけたところ、そぼ降る雨の中、写真の2編成が静かに留置されていました。

クハ181-107とクハ181-101:1982年11月23日 石打電留線

クハ181-108:1982年11月23日 石打電留線
<皆様へのお願い>
以下に該当する方がおられましたら、管理人宛に御一報頂けましたら幸いです。特に3.〜4.の情報に関しては、確認日付(できれば写真も)も合わせてお知らせ頂ければ、有り難く存じます。
1. この追加機器は何であるのか?
2. この追加改造がどういう事情で行われたのか?
3. クハ181-45、101、102、103、105、106、108、クハ180-5 の8両以外にも、この改造が行われたクハを確認されている方
4. クハ181-45、101、102、103、105、106、108、クハ180-5 の8両に対し、以下の日付よりも早い時期に改造を確認されている方
1) クハ181-45: 1978年 3月12日
2) クハ181-101:1978年 8月30日
3) クハ181-102:1980年 3月28日
4) クハ181-103:1982年 3月22日
5) クハ181-105:1978年 7月28日
6) クハ181-106:1978年 1月 3日
7) クハ181-108:1981年 1月27日
8) クハ180-5: 1980年 3月28日