『特別急行列車』の時代

=パーラーカー区分室乗車記2回目(後編)=

 <パーラーカーの大窓から>

 次に来たのは熊本行20系「みずほ」だ。昭和39年9月までは日豊線初のブルートレインとして大分まで走っていたのを思うと何となく懐かしい。と、今度はブルーとクリームの帯が走る。581系だ!カメラを構える。後部ヘッドマークがサッとよぎる。「金星」だった。昨年新設された名古屋からの寝台電車だ。581系は昭和42年に鹿児島線夜行「月光」と日豊線昼行「みどり」としてデビューしたのだが、ヨンサントオからは西日本では鹿児島線に集中投入され日豊線からは姿を消してしまった。
 

ヨンサントオで581系化された「つばめ」の間合い運用で誕生した「金星」


 しかし、せっかくの前面貫通式なので、「つばめ」や「はと」がDC特急のように小倉で分割して日豊線に戻って来ないかなと期待する。小郡に到着する少し前、3番目の青い帯が窓をよぎる。西鹿児島・長崎行の20系「はやぶさ」である。これも何とか後部マークを撮る。時折、ブドウ色とブルーの編成が来る。寝台車を組み入れた夜行急行だろう。

区分室大窓から先頭を切るクハ181ボンネットが見える


 テーブルに広げている時刻表で確かめると、防府で4番目のブルートレイン、西鹿児島行「富士」と出会いそうだ。防府ではこの「しおじ2号」と「富士」ともに8時30分の同時発だ。止まっているのを撮れるかもしれないと期待する。しかし、先行する「はやぶさ」も少し遅れていたようなので「富士」も遅れているかもしれない。こちらは快調に飛ばして定刻に走っているのでずれるかも。そんなことを考えていると、8時16分最初の停車駅小郡に着く。小郡では、昨年寝台電車「月光」を利用した際、ホームに降りて隣の「日向」を見ながら581系の顔を撮ったのを思い出す。その場所とおぼしき所を見ると懐かしい。1分の停車で小郡を出る。区分室にはまだ誰も乗って来ない。小郡から10分ちょっとで防府に着く。他のホームを見渡すが、20系「富士」の姿は見えない。やはり遅れているか。こちらは8時30分定刻に発車する。動き出して間もなくブルーの帯に出会う。EFのヘッドマークがはっきり「富士」と読めた。向こうは停車すべく減速中でこちらは発車して間もないのでうまくねらって撮れた。

一瞬の離合も双方が減速しているとゆとりを持って撮影できる


 さらに時刻表を見ると徳山までの間に5番目で、最古参のブルトレ「あさかぜ1号」に出会うはずだ。カメラを持つ手に力が入る。区分室の大窓から外を見ていると、大きな右のカーブに差し掛かる。乗車している181系の編成を撮ろうとカメラを構えると、向こうから接近中の対向列車が見えた。EF65のようだ。シメタ「あさかぜ」だ。ヨシ!と構える。来た!夢中でシャッターを切る。風切り音とともに一瞬にして青い帯は消えた。

カーブの先に「あさかぜ」とおぼしき列車を発見


EF65535の牽く「あさかぜ」との離合


 8時52分徳山着。1分停車だ。まだ誰も乗って来ない。昨年はここで人の良い夫婦者が乗って来たなあと思い出す。車掌が初めてこの部屋に入って来た。乗客は自分ひとりなのを見て、「はあ〜、貸切りですなァ」と大阪弁で言う。大阪車掌区所属だろうか。「切符を見せて下さい」といささかつっけんどんに言う。はいよと、「しおじ2号」の下関−新大阪間の特急券、大分−東京間の乗車券とグリーン券を見せる。「はあ〜、新大阪までですな」「はい、そうです」車掌は乗客台帳のようなものに何やら記入した。
 9時18分、柳井に停車してすぐに発車する。ドア操作をした車掌がまた部屋に入って来て、どかっと4番S席に座った。車内検札を済ませてきたようだ。「お客さんは多いですか?」と聞くと「はあ、だいたい定員じゃないですか」と答える。そうこうしていると、検札したレポートのようなものを2S席に置いたまま、後部運転席に入って行った。残された用紙を見ると、1号車の1S席のところには「下−新」とある。2号車、3号車のグリーン車のところを見ると、やはり「下−新」がかなりある。9時44分、岩国到着。まだ誰も乗って来ない。結局大阪まで一人旅かなと思う。区分室のシートのクッションはまずまずであるが、リクライニングが手動なので面倒だ。昨年の「第2しおじ」のシートの色は偶数号車(クロハ181−10)だったので黄褐色だったが、やはりこの奇数号車のワインレッドの方が落ち着くような気がする。


 <相客が登場、しかし…>

 10時17分、広島に着く。ホームに出て先頭部を撮ろうかと思ったが、会社の転勤の見送りか、事務服を着た男女がたくさんいたのでやめる。その見送られたのがこの部屋に乗ってくるのかと思ったら、その横にいた少し頭の薄くなった外人が大きな荷物を抱えて区分室に入って来た。ワイフと息子らしい少年も続いて部屋に入って来た。案内役であったらしい日本人青年も大きなスーツケースを運んで来た。その青年は外人と握手をして降りて行った。クロハの大窓の外から例の事務服の男女が内部をしげしげと見ている。

4人用の区分室に1人でいたところに3人もの外人が入って来たので、さすがにドギマギする。多くの人に見送られて広島を発車する。この闖入者(!)と話のきっかけをどうしようか迷ったが、頭上に物入れがあるからそこにも荷物が入れられるよと、男にまず教えてやる。彼は、サンキューと、何かをそこに入れた。しかし、その後が続かない。黙ったままでも気まずいので、新聞を読まないかと差し出すと、ノーサンキュー、日本語は読めないと言う。逆に、英語は話すかと聞くので、少しは、などとあいまいに答える。すると、“You speak very well”ときた。これで少し安心する。少しずつ話をしたところによると、この外人、何かの博士で、講演か何かで日本に招かれたらしい。不釣り合いに若いワイフはサンダル履きで、足の爪にピンクのマニキュアをしている。息子はと見ると、月へのアポロ11号の宇宙飛行士が表紙の Newsweek誌を読んでいてほとんど口をきかない。彼は?と聞くと、今年高校に入学するとのこと。9月が入学式だろうか。

<グリーン料金が不足!>

車掌が入って来た。ジェスチャーで切符をチェックするそぶりを見せると、博士はオゥと、うなずき、ポケットから交通公社の袋に入った切符を車掌に見せる。例の大阪弁の車掌は切符をあらため、「おや?グリーン券がありませんなぁ」と言う。「もう他にはありませんか?」と私を見ながら聞くので、“Do you have green ticket?”と、聞いてみる。    しかし答えは、これだけだ、交通公社の人がこれだけくれたと言う。車掌は色々計算して、「やはり、グリーン券の分だけ不足ですなぁ」と言う。博士は、何事かと不安そうに車掌とこちらの顔を見比べている。3200円不足らしいので、不足か…“lack”だったかなと思い、“He said lack of money”と言ってやると、“Oh! How much?”と安心したような顔になり、ポケットからしわくちゃになった札を引っ張り出して数えだした。ちゃんとわかるかなと思って見ていると、しっかり一万円札はよけて千円札と百円札で3200円を車掌に渡す。車掌は3人分のグリーン券を車内補充券で作って博士に渡した。この大阪弁の車掌は最後まで英語を一言もしゃべらなかった。もし自分がいなかったらどうするつもりだったんだろうと思う。

料金不足も一段落して、あとは雑談する。アポロ11号のことや、外の景色などを見て話す。彼らの英語はゆっくり話してくれればわかるが、ちょっと早口になるともうダメだ。首をひねると今度は丁寧にゆっくり話してくれる。博士はパイプタバコをぷかりぷかりとやりだした。しばらくすると今度はポケットから手帳を出して、それを見ながら何やら話し始めた。聞くと、彼らは三ノ宮で降りてどこかに行くらしいのだが、その際、タクシーの運転手に行き先を告げるのに、手帳に英語(ローマ字)で書いてある住所を日本語でここに書いてくれないかとのことだ。山の手通り何とかというのを漢字で横に書いてやる。さらに、ホームで赤帽に見せるのか、“Kono Nimotsu o Azukete Kudasai”とかいうローマ字も日本語にしてくれと言うので書いてやる。そうこうしていると、ワイフが博士に何か言いながら荷物をごそごそ探して洋モクのマルボロのポケットサイズを3個取り出した。主人は紙巻きタバコはやりませんのでこれをどうぞと言う。おー、これはなかなかいいものだ、礼を言って受け取る。彼らの話によると、2、3日前、日本に来て、船で別府に行き、その後広島へ、そこから今度はこの「しおじ2号」で三ノ宮まで行き、それから京都と名古屋に行くという。何とも忙しい旅だ。博士は大学関係の書類をやたらたくさん持っている。大学教授かもしれない。

 さらに話を聞くと、この「しおじ2号」で三ノ宮に着いた後、何か用事を済ませて16時39分の急行で京都まで行くという。この列車は何時に三ノ宮に着くのかと聞くので、時刻表を見て教えるとまた手帳を出して書き込んでいる。16時39分発の急行の名前を聞くので「玄海」と言うと、“Genkai”と書いている。列車番号まで聞くので、“1206M、one two o six m”と教える。その急行にはグリーン車が付いているかと聞くので、時刻表の巻末の列車編成表のページをめくって「玄海」のところを見ると、4号車がグリーン車である。昨日大分から乗った「ゆのか」と同一編成の475系だなと思う。指定券は持ってなさそうなのでグリーン車の半分は自由席だと教える。三ノ宮−京都間の急行券が必要なのでこの列車の中で買っておいた方がいい、車掌が来たらそう言ってあげましょうとすすめる。しばらくすると車掌が2人部屋に入って来た。「この人たち、三ノ宮でいったん降りて、16時39分の“玄海”で京都に行くそうなんですが、急行券を発行してもらえますか」と言うと、駅で買ってもらえばいいんですけど、そうですか、じゃあ作りましょうと、若い方の車掌が補充券で急行券を3枚作った。3人で300円と言う。三ノ宮と京都はそんなに近かったかなと思う。

昼を過ぎてもこの親子は食事に行く気配を見せない。キャンディーを出してこちらにも勧めながら食べている。12時25分、岡山に着く。昨年「第2しおじ」乗車中、ホームでクロハの顔を撮った駅だ。今回もカメラを持ってホームに降りて同じように撮る。今年のクロハは昨年と違って連結器カバーが付いている。しかし、481系のような赤一色である、やはり151系のような赤とグレーの2色の方がいいなと思う。2分停車で12時27分に発車。それほど空腹を感じてはいなかったが食堂車に行くことにする。先程、去年と同じように食堂車からウェィトレスが注文を取りに来たが、外人を見て恐れをなしたのか区分室に入らないまま戻ってしまった。

岡山に到着したクロハ181-1、岡山で筆者も専務車掌もしばし肩の力を抜く


<食堂車でなつかしい日本語に触れる!>

食事に行くことを告げて区分室を出る。同じ1号車の普通席部分を抜けると次の2号車、3号車はグリーン車だ。その次の4号車は普通席。車掌の言うようにどの車両もほぼ定員のようだ。4号車を抜けて5号車の食堂車に入る。空いたテーブルに座り、ランチを注文する。すぐに学生風の男がふらりと前に座ったが、コーヒーを注文し飲み終えるとさっと席を立った。コーヒー1杯のためにわざわざ食堂車に来たのかと思う。
 料理を運んできたウェィトレスと言葉を交わす。区分室内では全て英語でないと通じないので、日本語がなつかしい。食事を終えてもしばらく席を立たずにのんびりする。
 部屋に戻ると、3人は相変わらず本を読んだり景色を眺めたりであまり話をしていない。

1004M「しおじ2号」の食堂車領収証。右肩の列車名は例によって筆者のメモ。


博士が時折こちらに話しかけてくる。外の水田の多いのに驚いて“So many rice!”などとワイフともども言っている。息子は無口のままだ。

 3人はどこからか桃を取り出して食べ始めた。食堂車に行く気配はないし、弁当を手配するそぶりも見せない。昼飯は抜きのようだ。彼らのバカでかいスーツケースやボストンバッグには全て別府の杉乃井ホテルの札が付いている。杉乃井に泊ったのかと聞くと、なかなかいいホテルだったと言う。自分も何度か泊まったことがあり、天皇皇后両陛下も泊まったことのあるホテルだと教えてやると3人は、ほーと顔を見合わせた。

 「間もなく姫路に着きます」との車掌のアナウンスが流れる。何と言ってるのか?と聞かれたので訳す。13時27分に到着、1分停車で発車した。“Next stop is Sannomiya”と教えてやる。しばらくすると何やら父と子がもめだした。父は強い口ぶりでベラベラと早口でしゃべるが、何を言っているのかさっぱりわからない。父親はひとしきりしゃべると ”You understand !!”と言うと息子はしぶしぶうなずいた。
 三ノ宮に近づく。複々線の区間を快走する。例によって国電の快速や緩行と並走したりすれ違ったりする。右手の海には船が浮かび、海岸通りには西洋館が立ち並んでいる。このあたりの景色は長い東京−大分間の道中でも別府−大分間とともに一番好きな所だ。

 <三ノ宮で一行は下車>

2時頃車掌が入って来た。腕時計を指差し“Ten minutes, ten minutes”と初めて英語でしゃべった。博士はこれに大きくうなずいた。神戸、元町を通過し、いよいよ三ノ宮に近づく。3人は荷物を持ってデッキに向かう。駅に停止しドアが開くと大量の荷物を次々にホームに下ろす。あまりにも多いので少し手伝う。赤帽を探すと、いたいた。すみませーんと呼ぶと、かなりのお年寄りだが、はいはい!とこっちにやって来て、よいしょ!と荷物を背負う。「一時預かりまで持って行って下さい」と伝えてやる。相手が外人さんだから赤帽も「一時預かりまでですね」と念を押す。1分停車なのですぐに発車だ。あわただしくベルが鳴り始める。一応博士に向かって“I have a very good time.”と言うと、向こうもサンキューと言いながら、大きな手で握手を求めてきた。ワイフと息子は“Bye bye!”と、あっさり言うと行ってしまった。ドアが閉まり、14時12分、「しおじ2号」は三ノ宮駅を発車した。ホームを歩いている3人組を追い越す。区分室の大きな窓から手を振るが、誰も気づかず、博士は難しい顔をして一人で先を歩いていた。

さて、区分室に一人となってようやく解放された気分になった。1S席のソファーに体を沈め、ホッと溜息をつき外の景色をながめる。次はいよいよ大阪だ。車掌も部屋に入って来た。お互いに「どうも」「どうも」である。朝、下関を出て7時間にもなるが、外人相手に気が張っていたのか、疲れる暇もなかった。

14時35分、大阪駅に到着する。例によって一番端の11番ホームだ。カメラを持ってホームに降りる。後ろに回りクロハ181−1の顔を撮る。ボンネットが陽光とホーム屋根の影で二分されている。昨年はここで終着を前にして6分もの長い停車だったが、今回は2分で発車。

大阪駅11番ホームに到着のクロハ181-1。


いよいよ最終目的地の新大阪に向かう。淀川の鉄橋を渡り、最後の車掌のアナウンスが流れる。次に乗る15時発の新幹線東京行「ひかり34号」は4番線から出るとのことだ。

<新大阪に到着 新幹線に乗り換える>

 14時42分、定刻に「しおじ2号」は新大阪駅ホームにその足を停めた。荷物を持ってデッキからホームに出る。どこかの親子連れが1号車の区分室の方にやって来て、大窓から内部をのぞき込みながら、父親が「これが特別室だよ」と息子に教えていた。

 エスカレーターで2階の新幹線乗換え口に上る。改札を通り新幹線4番線ホームに入る。ほどなくして「ひかり34号」は入線してきた。8号車グリーン車に乗り込む。昨年は「第2しおじ」特別座席から、「ひかり」普通車に乗り換えたので面白くなかったが、今回は新幹線もグリーン車で気分はいい。12番A席は海側だ。B席は空いたまま15時定刻に発車する。隣の1番線では5分後に発車する「こだま136号」が発車を待っていた。20分弱で京都に着く。名古屋には16時05分着。隣にじいさんが乗って来た。定刻の18時10分からちょっと遅れて「ひかり34号」は東京駅19番線に到着した。

これで大分から東京までの急行「ゆのか2号」、「特急「しおじ2号」、それに超特急「ひかり34号」のグリーン車の旅は無事に終わった。2回目となるパーラーカー区分室の旅は、特別座席の制度はなくなったものの区分室の快適な旅に実質的な変化はなく、運良くファーストナンバーのクロハ181−1にも乗車出来て大変印象深い旅であった。しかも途中から区分室4人部屋の中に外国人3人に囲まれる旅になるなど、インターナショナルで生涯忘れられないものとなった。
 

パーラーカー区分室乗車記2回目 =完=

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