『特別急行列車』の時代
=1968年(昭和43年)夏、東京地区の特急群とその切符など=
1968年7月、大分から急行「きじま」、特急「第2しおじ」パーラーカー、新幹線「ひかり」を乗り継いで(前掲パーラーカー乗車記参照)上京した私は、その夏わずかな時間を割いて東京駅、上野駅、新宿駅に出向いて特急列車を撮影した。
< あ ず さ >
まずは新宿駅での181系「あずさ」である。新宿駅発着の特急はこの「あずさ」のみであり、上野、東京駅ほどの派手さはないため、なかなか足が向かなかった。新宿駅ホームも撮影には適しておらず、いい写真はほとんど撮れなかった。長距離列車発着ホームの階段前にはさらに改札があり駅員が頑張っているため、乗車券を持っていても別途入場券を購入しないとホームに入れず、悔しい思いをしたものである。

クハ181−6を最後尾に発車を待つ「あずさ」。当時はまだスカートも長いままで、ボンネットの艶にも製造後10年の美しさがある。隣は貨物線がずらりと並び、EF10やEF13、EF15が頻繁に出入りをしていた。

上2枚は昭和42年の新宿発甲府行の「第1あずさ」と「第2あずさ」の2等特急券、下の2枚は同じく昭和43年の2等立席特急券である。当時の「あずさ」は181系10両編成で、1等2両、2等7両に食堂車が付く全車指定席の列車であった。
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| 指2 | 指2 | 指2 | 指2 | 指2 | 食 | 指2 | 指1 | 指1 | 指2 |
< ひ ば り >
上野駅は電車、気動車の特急が混在していたが、583系はまだ登場しておらず、電車は181系と481系が2大スターとして覇を競っていた。481系のクハのスカートはどれもクリーム色で、西日本の赤スカートを見慣れた目には斬新に映った。

上野駅高架ホームの「ひばり」東京駅乗り入れがあった頃は、発着ホームが上であったり下であったりバラバラであった。

左上のA型は昭和39年の赤縦3本線入りの仙台から上野までの2等特急券。右上と中左の2枚は昭和42年から43年にかけての上り「第1ひばり」と「第2ひばり」のD型2等特急券。中右以降は立席特急券3枚だが、ヨンサントオ以後は愛称が「第1○○」から「○○何号」に変わっている。特急も急行もそれまでの準急列車並みの呼び方になってしまったわけだ。
以下に昭和43年8月当時の「ひばり」の編成を示す。使用系列は483系で、181系「あずさ」と同じ10両編成であるが1等車は1両である。こののち10月の改正で上野寄りをクロ481に置き換え編成は9両となる。
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| 指2 | 指2 | 指2 | 指1 | 食 | 指2 | 指2 | 指2 | 指2 | 指2 |
< そ よ か ぜ >
157系「そよかぜ」は、のちの「白根」や「あまぎ」の巨大ヘッドマークとは違った控えめでオーソドックスなもので、かつての「ひびき」の流れを汲むヘッドマークには好感が持てた。「そよかぜ」としてはこの夏が最後の運用であったと後に知った。

157系による運転はこの夏が最後の「そよかぜ」。上野駅高架6番ホームで常磐線のEF80と並ぶ。高運転台のパノラミック2枚窓は両車共に同じデザインの流れを汲みおもしろい。

左は昭和43年の軽井沢から東京までの「そよかぜ2号」2等特急券。この観光特急は常態的に東京駅に乗り入れていいた。ヨンサントオ以前に発行された券であるが、すでに号数の呼称が変わっている。右は昭和50年夏の「そよかぜ1号」の特急券・グリーン券である。
下に昭和43年夏の「そよかぜ」の編成を示す。使用系列は157系7連で、7両編成中1等車が2両もあった。こののち9月からは「あさま」と共通の181系8両となった。
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| 指2 | 指2 | 指1 | 指1 | 指2 | 指2 | 指2 |
< は つ か り >
キハ81系「はつかり」もこの年の秋のダイヤ改正で電車化されるDC特急であり、前記の「そよかぜ」と共にもう少したくさん撮影しておくべきであったと悔やまれる。キハ81系についてはこの車両の希少性から、「はつかり」で撮らなかった分、後身となる「いなほ」「ひたち」や紀勢線「くろしお」などの姿は念入りにカメラに収めたものである。

5番線ホームに停車中のキハ81「はつかり」。まだ連結器カバーが健在である。画面右では「大連絡橋」の鉄骨工事が開始されている。

東北初の特急であるため赤斜3本の券もかなり現存する。左上が昭和34年の3等特急券である。右上は運転開始翌月の券であるがこの券はすでに赤線は縦に変更されている。中左は3等級制時の2等特急券。中右は2等級制後の1等特急券。下左は昭和48年末のオハ14系による臨時特急券。下右は昭和45年末に懐かしくも常磐線経由583系で運転された「常磐はつかり」特急券。言わばのちの特急「みちのく」に相当する列車である。
「はつかり」のキハ81系時代の編成は下記の通りである。 「あずさ」「ひばり」と同じ10両編成で1等車は2両である。
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| 指2 | 指1 | 指1 | 食 | 指2 | 指2 | 指2 | 指2 | 指2 | 指2 |
< と き >
181系新潟特急「とき」。中央線の「あずさ」もそうであるが、運転席上のライトがないとどうしてもしまりがなく見えて仕方なかった。ボンネットの赤帯やミニスカートも相まって、パーラーカーを始めオリジナルな姿を残す山陽地区の181系とはかなり印象の違う車に見えた。

上野駅6番線の「とき」。車両は100番台の新製車。隣の10系寝台はまだ非冷房である。
上野からさらに足を伸ばして東京駅まで乗り入れていた「とき」。上野駅とはまた違う、ゆったりとした東京駅でのたたずまいは一種風格が感じられた。

前年の1967年(昭和42年)10月から上野口の特急の一部は東京駅に乗り入れを開始。しかしその後新幹線工事のために1973年には取りやめになる。
「とき」の特急券は多くが現存する。上の2枚は昭和37年と39年の1等特急券。下の2枚は昭和40年の2等特急券。これらの券のように乗車駅名、下車駅名、発時刻、列車名ともに印刷されたものは「完全常備券」と呼ばれ、収集家にとって非常に人気の高い券である。

以下の4枚は昭和40年から43年頃の「臨時とき」と「第3とき」の2等特急券と立席特急券である。

昭和43年当時の「とき」の編成を以下に示す。この頃は田町電車区の181系10連が「とき」「あずさ」に共通運用されており、前掲の「あずさ」とは号車番号が逆になっている。
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