『特別急行列車』の時代
=1968年(昭和43年)夏、東京地区の特急群とその切符など=
1968年7月、大分から急行「きじま」、特急「第2しおじ」パーラーカー、新幹線「ひかり」を乗り継いで(前掲パーラーカー乗車記参照)上京した私は、その夏わずかな時間を割いて東京駅、上野駅、新宿駅に出向いて特急列車を撮影した。
後編では黄金期の九州ブルートレイン群の東京到着時の勇姿を見てみよう。
東海道線は丸みを帯びたボディに3本の白帯をまとった20系寝台車を牽引する電機EF65−500番台の晴れ舞台である。臨時の「第2あさかぜ」を含む6本の寝台特急が発着する東京駅はブルトレファンの憧れの場所でもある。通勤ラッシュの終わった9時半から昼前にかけて「あさかぜ」「富士」はやぶさ」「みずほ」「さくら」の順で到着する。
< あ さ か ぜ >
9時30分、9番線ホームに到着する「あさかぜ」

牽引はEF65528、20系と言えば「あさかぜ」、「あさかぜ」と言えば20系と言うほどの名門列車。固定編成客車の嚆矢でもある。
東海道筋の列車には古くからいろいろな切符が発行されており、特急券、寝台券、さらにそれらを1枚にまとめた特急・寝台券などがある。寝台券にも一人用A個室用、二人用A個室用、B開放室用、2等寝台など様々である。ここではそれら珍券をご紹介したい。
まずはブルトレ中の白眉、殿様列車「あさかぜ」の切符から。

左上は券面に審査済のスタンプが押されて見にくいが、博多から東京までのナロネ20型のルーメットA個室寝台券付きの特急券である。昭和35年7月に等級改正される前のまだ2等時代のものである。このように個室券で列車名が印刷されているものは非常に珍しい。右上は同じくナロネ20型の二人用A個室の上段寝台券付きの特急券。すでに1等に呼称変更になった後の券である。下の2枚はナロネ21型のB開放寝台の上段と下段の寝台券付き特急券。これらもまだ3等級制の時代の券である。2等券は本来青色であるが、かなりの年数を経過しているため退色したものも多い。

左上は単独の3等特急券。この当時の編成ではハネ4両に対してハが最後尾の12号車とその前の11号車に2両連結されている。右上は単独の寝台券でナロネ20型の一人用ルーメット2等「A個室」券である。左下は珍しい縦型のB2等寝台の下段券。JTBでて多く発行されている。右下は1等時代のナロネ20型の二人用個室の上段の券である。
寝台券の多くは特急券とセットの一葉式で発行されていたが、このように寝台券が特急券と別に発行されることもあった。寝台券の多くは特急券とセットの一葉式で発行されていたが、このように寝台券が特急券と別に発行されることもあった。
しかし考えてみると、昭和35年頃の「あさかぜ」のナロネ20型ルーメットに乗車出来た人はどんな人物であったろう? 昼行のクロ151パーラーカーと双璧をなすあこがれの豪華車両である。個室券を握りしめ、乗車口のステップに足をかける気持ちはいかばかりであったろう、思いを馳せるだけでもワクワクしてくる…うらやましい限りである。

この2枚こそは「超」が付く希少品。そのため実際に使用された券は私も見たことがなく見本でしか紹介できないが、特急「あさかぜ」と急行「桜島」を博多駅で乗り継ぐ切符を1枚にまとめた「特別、普通急行券」である。「あさかぜ」が博多止まりだったため、熊本や鹿児島の乗客のために昭和32年10月から発行されたが、翌年10月に「桜島」が廃止されたためわずか1年間の命の珍券である。

ここからは後期のD型券。左上は単独の1等特急券でナロ20型の座席券として発行されている。右上はナロネ21型の単独1等B寝台券。中左はA個室ルーメットの券であるが、2号車とあるためナロネ22型のものであることがわかる。中右も同じくルーメットの券であるが、こちらは1号車とあるのでナロネ20型の券である。下の2枚は「あさかぜ2号」と「あさかぜ3号」のモノクラス後の特急券B寝台券である。ここからは後期のD型券。左上は単独の1等特急券でナロ20型の座席券として発行されている。右上はナロネ21型の単独1等B寝台券。中左はA個室ルーメットの券であるが、2号車とあるためナロネ22型のものであることがわかる。中右も同じくルーメットの券であるが、こちらは1号車とあるのでナロネ20型の券である。下の2枚は「あさかぜ2号」と「あさかぜ3号」のモノクラス後の特急券B寝台券である。
昭和43年当時の「あさかぜ」は荷物車を含めて15両編成。うち1等A寝台車ナロネ20型が1両、1等AB寝台車ナロネ22型が1両、1等B寝台車ナロネ21型が3両、1等座席車ナロ20型と食堂車ナシ20型がそれぞれ1両、他に2等寝台車が7両である。1等車が6両も連結されており、「こだま型」の最盛期の1等5両よりも多く、「殿様列車」と呼ばれる所以である。当時の編成は以下の通りである。
| @ | A | B | C | D | E | F | G | H | I | J | K | L | M | |
| 荷 | 寝A | 寝AB | 寝B | 寝B | 寝B | 指1 | 食 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 |
< 富 士 >
10時ちょうど、10番線に滑り込む「富士」。反対側のホームには一般客用に使用されている167系か、かつての修学旅行用電車の姿も見える。

牽引はEF65505、テールライト形状が埋め込み式の初期タイプ。中線も残り広々とした印象の東京駅である。
これらブルトレは、到着するとすぐに機回しされて品川方に機関車が付き、しばらくすると品川基地に引き揚げてゆく。

一時期、機回し線廃止の関係で到着後、1本前に到着の牽引機が回送の任にあたる方式を採っていたがそれさえもまた過去の出来事になってしまった。
寝台特急としては登場時からすでに20系であり一般型客車の時代がないため、車両面、切符面からもあまり面白味はない。

左上はナロネ21型のB1等特急券・寝台券。右上はナハネ20型の2等券である。中はD型の2等特急券・寝台券。下はモノクラス化後の特急券・B寝台券である。当時の編成は以下の通りである。8〜14号車は下関回転車。
| @ | A | B | C | D | E | F | G | H | I | J | K | L | M | |
| 荷 | 寝B | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 食 | 寝2 | 寝B | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 |
< は や ぶ さ >
「富士」の到着10分後に9番線に到着する「はやぶさ」。

EF65527牽引で到着の「はやぶさ」。隣の111系はグローブベンチレーター付きの初期形。
一般客車時代の歴史を持つ「はやぶさ」の編成は「平和」と共通であった。2、3号車のマロネ40型は二人用A個室が3室と16人用のB開放寝台で構成されており、のちのナロネ22型と同じ定員である。参考までに以下に20系化以前の「はやぶさ」と「平和」の編成を示す。2号車と、9〜13号車は博多回転車。
| @ | A | B | C | D | E | F | G | H | I | J | K | L |
| 荷・指3 | 寝AB | 寝AB | 指2 | 食 | 寝3 | 寝3 | 指3 | 寝3 | 寝3 | 寝3 | 寝3 | 指3 |

左の券は昭和34年の2等特急券で券面の3号車A4番という表記からマロネ40型の二人用個室の特急券ということがわかる。右は3等特急券。席番にC15という一見C1等寝台車のごとき表記があるが、13両編成のうち9号車以降は博多回転で、8号車は下り博多以遠は最後尾となる座席車ハフであり、これは座席の15番C席ということであろう。熊本から東京までリクライニングしない座席車で移動するのはいま考えれば気の遠くなるようなことではあるが、当時の感覚からすれば当り前のことであったのであろう。

左上は末端区間の西鹿児島から博多までの1等特急券。20系化後のナロ20型座席車の切符である。右上は20系化前の3等特急券。この表記も5番D席のことであろう。前掲の熊本よりもさらに遠い鹿児島から東京までの座席車利用である。お疲れさま!
左下と右下は同じく鹿児島から東京までの券だがこちらは寝台利用である。左下はマロネ40型のB開放室のもの。右下はナハネ11型3等寝台の上段の券である。

左はナロネ22型1等寝台車のルーメットA個室の券である。1列車に6室しかない個室の券を西鹿児島駅が完全常備券で備えているということはすごいことである。右はナハネ20型2等特急・寝台券である。当時の編成は以下の通りである。8〜14号車は博多回転車。
| @ | A | B | C | D | E | F | G | H | I | J | K | L | M | |
| 荷 | 寝AB | 指1 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 食 | 寝2 | 寝B | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 |
< み ず ほ >
10時40分、9番線に到着する「みずほ」 本来は7番線を使用するはずだがこの日は9番線に入って来た。

EF65502が牽引の「みずほ」。20系化は1963年10月と遅く、逆に14系化は1972年3月と早かったため、20系使用期間は8年半と短い。真夏の事とて隣の111系は側窓を全開にしている。
東京−熊本間の運転であったが、昭和38年6月の20系化に伴い、編成の半分が日豊線の大分まで乗り入れた。日豊線初の寝台特急のため地元大分でも大変な歓迎を受けている。かく言う私もカメラ持参で大分駅に繰り出したのは以前本稿でご紹介した通りである東京−熊本間の運転であったが、昭和38年6月の20系化に伴い、編成の半分が日豊線の大分まで乗り入れた。日豊線初の寝台特急のため地元大分でも大変な歓迎を受けている。かく言う私もカメラ持参で大分駅に繰り出したのは「昭和38年ブルートレイン日豊線初乗り入れから昭和42年10月大分電化完成まで」でご紹介した通りである。
ブルトレの中でも一番地味な存在であるため、20系化当初の熊本編成にナロネ22型AB寝台車を連結していたことはあまり知られていない。大分編成は「みずほ」および「富士」時代ともに1等寝台車はナロネ21型で、20系時代は大分までの個室寝台車の乗り入れは行われていない。

大分編成の切符から4枚紹介する。左上と右上は2等特急券・寝台券。左下はナロネ21型の1等特急券・寝台券。昭和39年3月に編成の組み換えが行われ、熊本編成は1等寝台車がナロネ22型からナロネ21型に変更になったが代わりに2等寝台車が1両増結されている。このため大分編成の1等寝台車は8号車から9号車に繰り下がっている。右下は単独のB1等寝台券である。

上の2枚は後期のD型券。左は2等寝台下段、右はモノクラス化以降のB寝台券のそれぞれ一葉式の券である。以下に20系化当初の編成を示す。8〜14号車が大分編成で、はからずも晩年の「はやぶさ・富士」編成によく似ている。
| @ | A | B | C | D | E | F | G | H | I | J | K | L | |
| 荷 | 寝AB | 食 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 指2 | 寝B | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 指2 |
また当時の編成は以下の通りである。8〜14号車は博多回転車。
| @ | A | B | C | D | E | F | G | H | I | J | K | L | M | |
| 荷 | 寝B | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 食 | 寝2 | 寝B | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 |
< さ く ら >
この後の「さくら」の写真がないが、「はやぶさ」の到着後「さくら」到着までは1時間も空くので、何か用事があったのか「はやぶさ」を撮ったあと引き揚げたようである。なぜ別の日に撮りに行ってないのか悔やまれる。

20系化直後の「さくら」。1959年8月15日撮影。
画像提供:「弥次喜多コレクション」辻阪 昭浩様

左上はルーメットA個室の2等特急券・寝台券。前掲の審査済のスタンプがべったりと押された「あさかぜ」の券と同種のものであるが、こちらは発時刻までが印刷されている完全券である。「さくら」だから車両はナロネ22型である。右上は2等級制移行後のA個室1等特急券・寝台券。左下は単独の1等A個室寝台券、これも前掲の「あさかぜ」と同種の券だ。右下はナロネ22型の開放室部分、B2等寝台下段の特急券・寝台券である。
部屋の配置を見てみると、ナロネ20型は一人用個室が10室に二人用個室が4室。合計定員はクロ151と同じ国鉄営業車両中最も少ない18人である。
ナロネ22型は一人用個室が6室にB開放寝台が上下計16台で定員は型式番号と同じ22人である。券面の部屋番号からもわかるが、「あさかぜ」用のナロネ20型は一人用個室が10番から偶数番号のみの28番までで、二人用個室が1〜8番。一方「さくら」のナロネ22型は一人用個室が偶数番号のみの2〜12番で、B寝台が1から16番までとなっている。

左上と右上は3等と2等の中段特急券・寝台券。両者の値段を比べると5年も古い方が高いが、これは昔、寝台は贅沢だということで2割の通行税がかっていたのが、その後非課税となったためである。左下は単独の3等特急券。右下は単独の1等特急券である。

ここからは後期のD型券。左上は1等特急券A個室寝台券。ナロネ22型のものである。右上はナロ20型の単独の1等特急券。次の2枚はモノクラス化後の特急券B寝台券、上・中段と下段のものである。
当時の編成は以下の通りである。8〜14号車は佐世保編成。
| @ | A | B | C | D | E | F | G | H | I | J | K | L | M | |
| 荷 | 寝AB | 指1 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 食 | 寝2 | 寝B | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 |
ついでながらここで「さくら」の前身である「平和」の切符もご紹介しよう。

第2「こだま」の5分あとを長崎に向け走っていた「平和」。1958年11月3日撮影。
画像提供:「弥次喜多コレクション」辻阪 昭浩様

左上は2号車マロネ40型2等AB寝台車の二人用A室の上段の特急・寝台券である。このマロネ40型は特急では「平和」の他、ブルトレ化前の「はやぶさ」にも2両ずつ連結されており(両者とも1両は博多回転)、急行でも東京−大阪間の「彗星」、東京−長崎間の「雲仙」に1両ずつ連結されている。(「雲仙」のマロネは博多回転)
右上は同じく3号車のマロネ40型のB開放寝台部分のものである。中左、中右、左下はナハネ11型3等寝台の上中下段のものである。列車名は漢字の「平和」であるが、券面でわかるように平仮名のスタンプが押された券も多い。右下は未発行券であるが、「平和」のさらにご先祖様の「さちかぜ」の3号車スロ54型の特ロ券である。
< は く つ る >
次に上野駅のブルートレイン。上野駅にも20系「はくつる」「ゆうづる」の姉妹がいたが、このうち「はくつる」のみをカメラにおさめている。上野駅7番線に昼も近い11時05分の到着である。「はくつる」は「ゆうづる」と同じ20系13両編成で、1等B寝台2両と食堂車1両それに荷物車1両が付く。他は2等寝台車と2等座席車であるが座席車の数が違い「ゆうづる」は1両、「はくつる」は2両であった。

上野駅7番線に到着の「はくつる」。

左上は昭和40年の赤縦3本線入りの2等上段の特急・寝台券。右上、左下、右下の3枚はそれぞれD型の2等上段、中段、下段の券。

上の2枚は583系寝台電車時代の「電上・中段」「電下段」の券である。下の2枚は単独の特急券。座席車の指定券として発行されている。左は昭和43年20系時代のナハ20型の2等券。右は昭和49年12月末の5日間オハ14系座席車にて運転された臨時特急の券。料金により右端を切断する方式である。下車駅名は裏面に印刷されている。
以下に「はくつる」「ゆうづる」の編成を示す。(「ゆうづる」のJ号車は寝2)
| @ | A | B | C | D | E | F | G | H | I | J | K | |
| 荷 | 寝B | 寝B | 寝2 | 寝2 | 食 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 寝2 | 指2 | 指2 |