1975年2月 九州(其の4)

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第1日目、2月19日は終了、いよいよ関門を抜けて九州入りまでをお送りする。

岡山から先は、在来線の大動脈山陽本線のみとなる。
倉敷はDISCOVER→JAPANキャンペーンで若い女性を中心に一気に人気の高まった所で、昼行特急も「かもめ」「日向」を除いて停車していた。
ここで後から来る「あかつき1号」を待避、5分停車であった。

2月19日 21:22


倉敷の次は「金光」。駅名はこの地に本部を置く「金光教」に由来し、町名も金光町であったがこちらは合併により浅口市に変わった。
ここで再び6分延着だが、当時山陽本線のあちこちで新幹線開業に伴う配線変更工事や施設改良工事が行われており、その影響もあって遅れたように記憶している。

2月19日 21:46


福山も6分延着。ここは福山城がすぐ駅の近くにあり、しばしば現代の象徴新幹線と共に写真に収められる事が多いが、夜のことで城を望むことは出来なかった。

2月19日 22:10


福山の後、列車は「尾道」「糸崎」と停車するのだが、次第に車内は静寂に包まれ、歩き回るのもはばかられる雰囲気となってしまい、この2駅では写真撮影していない。23時を回り、夜行列車には付き物の「減光」措置も始まり、いよいよ活動しにくくなってきた。

2月19日 23:01 河内付近


広島には日付が変わって0:04に到着、5分延着である。広島では後発の「あかつき3号」の待ち合わせを行い18分の停車である。

2月20日 0:04


深夜にも拘わらず、駅のホームでは立ち食いそばが開いていたように記憶している。画面左がおそらくそば屋だと思うが、カレチ氏もここで腹ごしらえと言うところか。
停車中の「桜島・高千穂」からは暖房の湯気が静かに立ち上っている。

2月20日 0:14 広島


広島で腹ごしらえをしたのが効いたか、一気に睡魔に襲われる。若い頃から睡眠不足はどうも苦手、どこでもよく寝てしまう質が幸いしてか災いしてか、「岩国」「柳井」「下松」「徳山」「防府」「小郡」「宇部」「小野田」「厚狭」は全く記憶がないほど眠りこけた。
気付けば下関、4:18定着である。
眠い目をこすり、座り疲れた脚を引きずるように機関車付け替えを撮影に行く。
プレート式のナンバーをトライX(ASA400)1/30秒 f2.8で撮影するもアンダー。

2月20日 4:19


東京から長駆18時間20分、1096.5kmを走破したEF583が静かに切り離される。これを山陽本線電化以来15年間も続けてきたのだから、機関車の信頼性というのは改めて凄いものなのだと思う。

2月20日 4:20


今日の「関門」水先案内人はEF81302。当時最新鋭のステンレス製EF81である。
連結される左側の荷物車はマニ30。現金輸送専用荷物車として1948年に製造されたマニ34を改番したものであり、幕板部には積み卸しの際にシートを引っ掛けるフックが見える。
鉄道公安官が見守っているが、幸いにも職質は受けなかった。

2月20日 4:24


およそ9ヶ月ぶりの九州、鉄道利用で関門トンネル経由は1年2ヶ月前の「殿様『あさかぜ』とんぼ返り」以来だ。
門司で「桜島」と「高千穂」は切り離される。
左が鹿児島本線経由の「桜島」ナハフ1039、右が日豊本線経由「高千穂」ナハフ1038。

2月20日 4:34


九州にはよく見られる分割併合の列車案内。門司に4:32に着いた「桜島・高千穂」はそれぞれ九州の西海岸と東海岸を走り、西鹿児島を目指す。
かつて東京から単独運転だった時代には、寝台車や食堂車も連結していた名門急行だったが、「高千穂」のグリーン車は前年には外され、この案内に残るグリーンマークにかつての栄光の片鱗を窺うしかなくなっていた。

2月20日 4:36


門司から西鹿児島までの390.8kmを担当するのはED761006。SGの蒸気に包まれて静かに発車を待つ。

2月20日 4:38  門司


関門のドキュメントは鉄道ファンには素晴らしいイベントであるが、明け方に動き回ると疲れるものである。暖かい車内の人になったとたん、再び睡魔が襲ってくる。「これからまだ半日の九州縦断が待っているのだ。」と思ったときにはもう寝ていた。
「小倉」「折尾」「博多」「鳥栖」「久留米」停車するたびに薄目は開けたかも知れないが、カメラを持ってどうのというところまでは行き着かなかった。
マニ30がどこで解放されたかも判らぬうちに、朝の「大牟田」で目が覚めた。
腹が減って目が覚めたのかも知れない。ナハフの前には駅弁を売るおばちゃんの姿が見える。

2月20日 7:13


ホームの向こうには西鉄のホームが見える。601系の冷房車が止まっているがホームは閑散として、1両目の中央付近には犬が歩いている。
手前のセラ1がいかにも九州らしく、画面左に入れて撮影した。

2月20日 7:15  大牟田 


当時はちょっとした駅ならばどこにも見られたのが其の1でもご紹介したテルハである。まだ、鉄道が荷物輸送の一翼を担っていたことを物語る設備である。

2月20日 7:17  大牟田

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