1975年2月 九州(其の5)

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第2日目、前日東京を出て24時間が経過、睡魔に負けながらもどうにか西鹿児島に到着するまでをお送りする。

大牟田の後、玉名・熊本・八代・肥後田浦・水俣・袋・出水・阿久根と停車しているのだが、全く記録がない。おそらく睡魔に襲われ、正体もなく眠りこけていたに相違ない。元来が8時間は眠らないと満足しない質であったから、24時間起きているなど出来るはずもないのである。
大牟田の次のカットは実に3時間40分後、川内であった。途中何があったか知る由もないが、5分遅れての運転だ。
オロ11の妻仕切には冷房改造の際に設けられたと思われるルーバーがあり、その横にナンバーがプラスティックプレートに彫り込んで付けられていた。

2月20日 10:57


ここで、カラーの登場である。カメラは祖父から貰い下げたマミヤビューティーフレックスなる6×6サイズの2眼レフ。1954年(昭和29年)に買ったものらしいから、このオロ11よりも先輩と言うことになる。親父から貰い下げたヤシカフレックスAではなくこのカメラを持っていったのは、シャッタースピードにスローシャッターがあったからである。ヤシカには1/10秒までしかなかったが、マミヤには1秒・1/2秒・1/5秒が設定できた。三脚を使ってスローシャッターを切ることを予測してのことである。
このコマも1/2秒、絞りはf16での撮影。もちろん串木野、湯之元、伊集院あたりに停車中のことであるが、時刻も場所も記録が無く詳細は不明である。
シート背面に差し込み式のテーブルが入っている。

2月20日


シートモケットが臙脂色一色なのは残念だが、個々に設けられた読書灯はやはり栄光の「つばめ」「はと」に使われた特ロの名残であろうか。ここまで来てさすがに乗客の数も減ってきたようである。東京から通しで乗っているのは皆鉄チャンである。

2月20日


ついに25時間43分の長旅を終え、西鹿児島に到着。早々と蛍光灯も消され、車掌が車内点検をするオロ1120の室内である。オロ11に乗っていても相当お尻が痛くなっていたから、これがナハ10だったら大変な苦痛であったかも知れない。

2月20日 西鹿児島


全般検査は1年半前。初期軽量客車なるが故の耐腐食性の限界、保守の難しさが外板のあちらこちらから悲鳴として聞こえてくるようだ。

2月20日 西鹿児島


「西鹿児島(博多経由)」のサボはそれほど珍しくはないと思った。まだ、九州島内の急行や普通列車で長距離を走る列車も多かったからである。しかし、「東京(博多経由)」のサボはこの「桜島」と運命を共にする。しかもサボの所有は丸に「ニマ」。西鹿児島所有の東京行きサボなのである。到着後早々と「東京行き」が入ったオロ1120のサボをカラーで切り取った。

2月20日 西鹿児島


下り1101レ「桜島」の西鹿児島到着が11:43、上り4102レ「高千穂」の西鹿児島発車が11:52である。西鹿児島到着の感慨に浸る間もなくナハ107のサボを撮影する。興味深そうにこちらを見つめる坊やも今では40歳近いおじさんのはずだ。もしこのサイトを見ていてくれたら、何とかしてお目にかかりたいものである。
「あなたはあの日『高千穂』に間違いなく乗っていましたよ!」と・・・。

2月20日 西鹿児島


この日の西鹿児島は寒かった。もちろん2月20日なのだから寒いのは承知の上だが、南国鹿児島のイメージとはかなり違う寒さだった。心なしかDF50の吹き上げるSGの蒸気も濃いような気がする。
4102レ上り「高千穂」の発車である。

2月20日 西鹿児島


「高千穂」を見送り、反対側を見れば門司から長駆400km近くを牽引してきたED761006がしばし休息を取っていた。

2月20日 西鹿児島


大幅に遅れた29レ「あかつき4号」ナハネフ246と早々と東京に向かう4レ「はやぶさ」が並ぶ。
ピアスよろしく妻に4個ものジャンパ栓受けを付けた姿は、たとえ切妻とはいえ優雅さをたたえた20系とはどう見ても格が違う。

2月20日 12:15  西鹿児島


機関車を付替え、引き揚げを待つ「桜島」。かなり長時間に渡って止まっていた。

2月20日 西鹿児島


南国鹿児島にふさわしく、駅前には噴水も見えるが、このあと一転俄にかき曇り、鹿児島には珍しい雪模様となった。しかも雷まで鳴るという念の入れように、招かれざる客だったのかと思ったものである。

2月20日


南国らしく街路樹の葉を入れて撮影した鹿児島市電。車両は元大阪市電2601形の800形。一部は1995年に機器を流用し9500形に生まれ変わっている。

2月20日 西鹿児島駅前


冬の稲妻に続き、夕立に見舞われた西鹿児島に、鹿児島交通のキハ303が憩う。国鉄キハ07タイプのキハ100形との出会いを期待したのだが、やって来たのはキハ10そっくりのキハ300形であった。とは申せ、このキハ300形は国鉄キハ44500(後のキハ17)をモデルに両運転台とした車両で寸法は若干異なるがキハ10のデビューより早かったという。

2月20日 13:15  西鹿児島 


鹿児島交通キハ303に取り付けられた社紋。このテのマークは何を図案化したのかを読み解くのが楽しみの一つである。

2月20日 13:17  西鹿児島

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