名鉄7000

イタリア国鉄の誇るETR300形に範を採りながら、前面展望については実現できなかった「こだま」形151系であったが、151系に遅れること3年、ついに我が国初の前面展望式先頭車を採用した名鉄7000系が華々しくデビューした。1961年(昭和36年)6月1日のことである。
最大の特徴は「パノラマカー」の名に恥じない前面展望室で、車体前面には耐衝撃力約250tの強力油圧緩衝器二基を設置、前面窓ガラスも外側8mm、内側6mmの複層ガラスを採用、旋回式の標識灯・トランジスタによるミュージックホーンと併せて安全面での配慮がなされている。また、側窓も快適な展望を目指した複層ガラスの連続窓で、ステンレスの押さえ金と車体のスカーレット塗装がアクセントになっている。もちろん冷房装置も完備され、屋根上に5500系と同様のユニットクーラーが7〜8基、展望室部分には床置形のものがそれぞれ設置された。
駆動方式は平行カルダン駆動のMMユニット方式を引き続き採用、パンタは偶数車に搭載された。台車は軸バネ式の空気バネ台車FS−335を履き、乗り心地の改善も図られた。
車内は転換クロスシートで、先頭車モ7000の連結面寄りには折り畳み可能な車掌台が設けられている。
1961年登場当時は「フェニックス(不死鳥)」の愛称で呼ばれ、前面に「Poenix」のエンブレムを取り付け、オールM6連で豊橋〜名古屋〜岐阜間の特急に華々しくデビューした。1967年製の車両からはクーラー・台車の変更とフロントアイの取り付けが行われたほか、運転室後部窓が廃止され、運転台側窓下に通風口が設けられた。更に1968年には「逆さ富士山形」の前面方向板の取り付けが行われた。その後も製造年次により冷房装置や台車に変化が見られ、また先頭車を増備して4連化される編成が増加したが、1975年には再び両開き扉の中間車を組み込んで再度6連化される編成もあり、現在は4連と6連の2種類がある。4両編成の先頭車には名鉄式自動解結装置の設置が取り付けられている。1982年には4両固定編成の一部を座席指定特急専用編成として整備し白帯が入れられた。1988年、1000系パノラマスーパーの登場により座席指定特急運用は縮小し、1999年以降は一般の運用に退き、白帯車も2002年6月に消滅した。
初期車は製造後45年が経過し、一部に廃車も出始め、引退の時期も近づきつつあるが、今なお第一戦で活躍している。

なお、7500系は今回このコーナーでは取り上げないが、1963年(昭和38年)に7000系の改良型としてデビューした系列で、電子技術を導入し定速度制御・電力回生ブレーキなどが採用されている。外観上は客席の低床化に伴い、展望室と一般客席の窓高さが同一になり、運転台が相対的に飛び出した感じになっている。

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