1970年8月5日 日暮里(前編)
鉄道写真を撮り始めた、まさに最初の時が1970年(昭和45年)の夏休みであった。
ちょうど7月末から山手線(当時は「やまてせん」)にデビューした103系試作冷房車も目当ての一つであったが、次々にやってくる優等列車にカメラを向けた。
カメラはオリンパスペンD、フィルムはネオパンSS。
まだ東北新幹線の工事も始まる前で、日暮里駅には東北本線のホームが残り、京浜東北線、常磐線には73形旧型電車も活躍していた。
国鉄電車に興味を持っていた私は、おそらく頻繁に行き交っていたと思われるEF57・EF58や、横を走る京成電鉄には全くカメラを向けていなかったようで悔やまれるし、また、稚拙な画像も多いがこれも若気の至りということでお許し願いたい。
34年前の日暮里駅常磐線ホームに皆様をご案内する。
※枠の付いた画像の上にマウスを載せると2004年5月のほぼ同位置の画像が見られます。
※画像は34年前の画像と印象を近付けるためにモノクロにしてあります。
最初のコマに登場するのがこのEF808が牽引する上り普通列車の姿である。平(現いわき)からの424レあたりか?後に設けられるひさしもなく、かなり大きなブロワー音を響かせて上りホームに滑り込んできた。
京浜東北線に目を向ければ、ちょうど大宮行きの全金編成がやってきた。モハ72920番台とクハ79920番台のみで編成されたものを「全金編成」と呼んだが、この編成はこの時期の京浜東北線が最後で、都落ちしていったあとは半鋼製3段窓車の中に組み込まれバラバラになってしまった。

日暮里駅を発車する常磐線103系、最後尾はクモハ103で、当時は京浜東北線と常磐線のみに見られる形式であった。
京浜東北線の旧型はまだかなりの本数が残っており、南行でやってきたのはモハ63直系のクハ79で、グローブベンチレーターの違いや屋根の深さでそれとわかった。折から北行きの103系が入ってくる。
クロ481を先頭に「ひばり」が猛スピードで東北本線の上り内線を通過する。東北線にはご覧のように2面のホームがまだ残っている。
常磐線の401系が回送で上ってくる。まだ低運転台の原形車が上野寄りにも連結されていることが多かった。
京浜東北の北行を追いかけるようにクハ481ボンネット車を先頭にした「やまびこ」が東北本線下り外線をぐいぐいと加速してくる。昼行特急といえばボンネットが当たり前の時代であった。

続いて、クハ181-100番台を先頭にした「とき」が下っていく。上の画像とほぼ同じ位置での撮影だが、こちらは若干トリミングしてあるために、印象が異なる。もちろん食堂車組込の10連である。
前年からようやく急行指定席車を中心に普及し始めた普通車冷房化によって、東北筋の急行も冷房付きの車両が使われるようになった。東北線上り外線を走るクハ455ほか「まつしま」。
しかしこれが普通電車ともなれば当時は非冷房が当たり前、115系も多くの窓が2段とも完全に上昇していわゆる「全開」状態である。それでも夏は熱風が吹き込み、鉄粉や有りがたくない飛沫さえも飛び込んできたものである。
