小田急3100系

小田急3100系は、非常に洗練されたスタイルを持ち、個人的にも好きな車両の一つではあったのだが、住んでいた場所との関係もあってか、画像はあまり残っていない。


運転開始から12日目、ピカピカの3100系NSE。車体下部にグレーの部分を増やし、白い線を3本入れたことで大変洗練されたイメージとなった。撮影は父である。

1963年3月28日 箱根湯本


小田急の新宿駅は数次に渡り改良工事を重ねてきた駅で、1960年に開始された改良工事は、NSE3100系の完成から1年後の1964年に一応の完成を見た。国鉄中央緩行線下りと境を接する「X」型の窓から見える小田急ロマンスカーの姿は、子供の頃から憧れと羨望の対象であり、この組み合わせがNSE3100系にはもっともふさわしいと思う。
同じ前面展望の名鉄7000系に比べ、寄り目の印象の正面。撮影は上に同じく父である。

1964年 新宿


新宿駅特急ホームに憩うデハ3121ほか「あしがら」。撮影の2年前1972年には再度の新宿駅大改良工事に着手しているが、特徴ある「X」型の窓はそのままである。

1974年7月12日


床下ヒートポンプ式の冷暖房装置は、後年能力強化のため増強工事を受け、すっきりとした屋根上が、無骨に改造されてしまうことになるが、これはまだ改造される前の姿である。

1977年9月5日 デハ3201ほか「はこね」 経堂


鉄道趣味にとって存亡の危機といわれる受験・就職・結婚という3つの障害の最後の障害を乗り越えて最初の撮影らしい撮影に出かけたのが小田急であった。
新松田栢山間の名所に大学の先輩と共に車で出かけた。折から「開成」駅の新築工事中で、大胆にも駅前広場になろうかという場所にケンメリの2000GTが停めてあるのが画像にも残っている。
冷房強化工事は終わっていたが、ヘッドマークは従来通りのプラスティック銘板を掲げて、3100系が疾走してくる。

1984年6月17日 新松田〜栢山


上の画像の後追い。デビューから20年以上経過しているが、美しさはそのままで新鋭LSE7000系にも何ら見劣りすることなく活躍しているのが嬉しい。

1984年6月17日 新松田〜栢山


一面の水田地帯を行く11車体の3100系「はこね」。屋根上の集約分散式クーラーが目立つ。

1984年6月17日 新松田〜栢山


中間車の車体長は12mであるが、展望室の付いた先頭車は16.2mある。松の木が旧東海道を彷彿とさせる。

1984年6月17日 新松田〜栢山


さらに時が過ぎ、デビュー30年を迎えた3100系の姿。当時はすでに7000系・10000系・20000系と後継車両も増え、次第に「さがみ」「あしがら」「えのしま」といった運用が増えていた。

1993年3月6日  豪徳寺


夕日を浴びて豪徳寺を通過する「さがみ」。30年を経てもカラーリング、デザイン共に陳腐化していない。ヘッドマークは幕式に改造され、顔つきが変化している。

1993年3月6日


回送の表示を出して新宿へ向かう3100系。私にとっては最後の3100系写真となった。

1993年5月5日  梅ヶ丘

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