1976年8月17〜20日 富山(其の1)
大学時代は鉄道研究会に所属、1976年の研究テーマは、「北陸の私鉄」であった。京福班、尾小屋班、富山地鉄班に分かれて、それぞれの各私鉄を取材し能登半島で合流した。
私は京福にも惹かれたが、国鉄と名鉄の乗り入れのある富山地鉄に魅力を感じ、富山地鉄を選んだ。
富山へは「はくたか」で向かうことにした。上野から向日町の485系で出発するというのは魅力的だった。当時、赤スカートの基本番台車は九州に渡っていたが、100番台ボンネットは大活躍していた時代で、乗車した「はくたか」もクハ481−125が先頭であった。長岡で方向が逆になるため、富山ではこのように最後尾になった。
1976年8月17日

待ち合わせまでの時間を利用してまだ旧型国電が走っていた富山港線を訪ねた。富山方はスカイブルーのクモハ73013で、幡生工場で近代化改造を受けた車である。
1976年8月17日

岩瀬浜方はクハ79920で、まだぶどう色の塗装のままであった。高槻にあって東海道緩行で使われていた車で、引っ掛け式の方向板を使用していた名残が前面に残っている。この後岩瀬浜まで乗ったのであるが、途中からものすごい夕立に見舞われて、岩瀬浜ではゆっくり撮影も覚束なかった。
1976年8月17日
北陸本線の快速。「くずりゅう」などとの共通運用で小さなヘッドマークがついていた。車両はクモハ471-6で、のちにクモハ413-6に改造されている。
1976年8月17日
富山駅の構内にアプト区間通過のために空気バネ台車DT31を装備したキハ57を見つけた。形式写真とは行かなかったがほぼ真横からの姿を記録することができた。
1976年8月17日
翌日、富山地鉄に乗って立山へ向かった。途中駅で交換するのは富山地鉄オリジナルの特急車モハ10023を先頭にした宇奈月温泉行きの特急。白とグレーの落ち着いたツートーンにえんじ色の帯がよく似合っている。
1976年8月18日
立山駅に並んだ名鉄キハ8202と国鉄キハ58。名鉄〜国鉄高山本線〜富山地鉄とはるばる乗り入れてきた「北アルプス」は当時まだ急行扱いで、塗装も急行色であった。これは間合いで富山地鉄内をアルペン特急として運用される姿である。
1976年8月18日

名鉄キハ8205の出入り台付近。「北アルプス」のサボはそのままで、行先札だけ線内運用のものに取り替えられている。
1976年8月18日
キハ8205の側面。パノラマカー譲りの連続窓と名鉄独特のナンバー書体が面白い。
1976年8月18日

元1等車キロ8101を格下げ改造したキハ8101の室内妻板には、友の会のブルーリボン賞プレートが輝いている。
1976年8月18日

宇奈月温泉に到着した名鉄キハ8101+キハ8205+キハ8202。後方に迫る山が山峡の温泉を感じさせる。黒部西瓜の味とこの夜に行われた花火大会の迫力は忘れられない思い出である。
1976年8月18日